不器用な祖父
2020/04/16
「久しぶりに川釣りに行かんか」
高校受験を控えた中学3年の初夏、祖父から釣りに誘われました。
祖父は口数が少なく不愛想な性格で、
私は幼少期から少し苦手意識をもっていました。
そんな祖父との数少ない交流のひとつが、
一緒に釣りをすることだったのです。
当時の私は成績が伸び悩み、第一志望の学校には受かりそうにもありませんでした。
一方で近所に住む従兄たちは優秀だったこともあり、
内心は従兄との比較、理想と現実のギャップで非常に息苦しい思いをしていました。
私は気分転換になると思い、
久しぶりに祖父と釣りを楽しむことにしました。
コンビニで買ってきたお弁当をふたり並んで食べ始めたころ、
祖父が口を開きました。
「お前、最近忙しくはないか」
曲がりなりにも受験生。忙しいに決まっています。
「そうじゃなくてな、お前、『心』が忙しいだろ」
私は何を言われているのかすぐに理解できませんでした。祖父は続けて言います。
「従兄たちをずっと気にして、親戚の席では縮こまっておったもんな」
図星でした。
この頃、従兄がスポーツ推薦で高校入学を決めており、親戚の中ではその話題で持ちきり。
そんなめでたい空気を壊さないように、私は気を使って神経をすり減らしていました。
親戚の集まりにめったに顔を出さない祖父に
それを見透かされているとは思ってもみませんでした。
「受験がどうなろうと知らんけど、
人の顔色ばかりうかがっていると気が疲れて、
お前が満足しないまま終わるのは違うんじゃないか」
いつもは家族に対し反抗していた私ですが、
この時ばかりは本心を見透かされたような気がして、
恥ずかしいような、悔しいような気持ちが胸中に渦巻き、
何も言い返すことができませんでした。
一方で、溜め込んできた息苦しさから解放され、
憑き物が落ちたような感覚になったのを覚えています。
その日を境に、私は勉強漬けの日々を送るようになりました。
学校や塾が終わって帰宅するとすぐに床に就き、
日付が変わるころに起きだして朝まで机に向かいました。
そのおかげで成績は上がり、
第一志望校の合格に手が届くところまできたのです。
そして迎えた合格発表の日。
学校を終え帰宅すると、祖父が珍しくベランダに出ていました。
帰ってきた私が手を振ると祖父は私を見て
「合格おめでとう」
そう言ってすぐに引っ込んでしまいました。
どうやら合格の知らせが先に家に届いていたようです。
祖父の一言がなければ、私は鬱屈した気持ちを抱えたまま、
不合格となっていたでしょう。
不器用ながらも見守り続けてくれていた祖父に感謝の気持ちが溢れました。
それからの私は少し変わりました。
仕事でミスをしたとき、人間関係がうまくいかなかったときなど、
やはり人の目を気にして落ち込むことがあります。
しかし、そんなときは決まって祖父の言葉が私を励まし、
前に進む勇気をくれるのです。
時は経ち、昨年、祖父が亡くなりました。
葬儀を終え、私は祖父が大事にしていた釣り竿を手に、
思い出の川に向かいました。
今後も祖父が残してくれた言葉を胸に、
お客様の人生を明るく照らすことができるよう努力を続け、
成長した姿で来年もまた足を運びたいと思います。
日本財託 経営企画本部 システム部 春日 翼 (かすがつばさ)
◆ スタッフプロフィール ◆
北海道帯広市出身の25歳。
システム部に所属し、お客様のデータなどを管理する基幹システムの開発や保守を行っています。同時に、経理のお仕事も担当させていただいております。
最近は寒さも和らいで、めっきり春らしくなりました。
趣味のカメラを手に、自宅近くの桜を写真に収めるのが楽しみの一つです。