自立と自律
2026/05/07

サッカーを楽しむS・Hさん
高校時代の3年間、私は親元を離れ、
サッカー部の寮で生活をしていました。
振り返ると、小学生の頃にサッカーを始めて以来、
両親はずっと私を支えてくれていたのだと感じます。
練習から帰ると、湯気の立つ食卓が当たり前のように用意されていました。
泥だらけのユニフォームも、翌朝には何事もなかったかのようにきれいになっている。
思うようなプレーができず、悔しさや言い訳ばかりを口にする日も、
変わらず味方でいてくれました。
あの頃の私は、そうした日々を特別なことではなく、
当たり前のものとして受け取っていたのだと思います。
けれど、寮生活が始まると、その当たり前は一気に崩れました。
ある日の朝、目が覚めると、すでに集合時間を過ぎていました。
寮は静まり返り、遠くのグラウンドから掛け声が聞こえてきます。
「やってしまった」焦りながら外へ飛び出し、
空腹のまま練習に向かったあの日のことは、今でも忘れられません。
どれほど疲れて帰ってきても、汚れたユニフォームは自分で洗い、
翌日の準備もすべて自分で整える。
前日、洗濯をせずに眠ってしまった自分を責めながら、
「これまでは、両親が当たり前のようにやってくれていたんだ」
その事実を、何度も思い知らされました。
体調管理も、時間の使い方も、すべて自分次第。
それまで両親が作ってくれた当たり前を、
今度は自分の力で当たり前にしなければならない。
その現実は想像以上に厳しく、
冷たい水でユニフォームを洗いながら、
「なんでここに来たんだろう」そう後悔したこともありました。
そんな日々の中で、監督が繰り返し私たちに伝えてくれた言葉があります。
「自立と自律」
人として自分の足で立つ「自立」
そして、どんな状況でも自分を律し、やるべきことをやり続ける「自律」
当時の私は、その言葉の本当の意味を十分に理解していたわけではありません。
ただ、誰に見られていなくても手を抜かないこと。
小さな約束を自分と交わし、それを守り続けること。
寮生活での毎日は、その意味を頭ではなく体で覚えさせてくれました。
そうした積み重ねが、少しずつ自分を形づくっていったのだと思います。
社会人になった今、仕事でも人生でも、思い通りにならないことはたくさんあります。
それでも感情に流されず、そのときの自分にできることに向き合う姿勢は、
間違いなくあの寮生活で培われました。
大学までサッカーを続けましたが、決して華やかな実績を残したわけではありません。
それでも、あの時間の中で身につけた「自立」と「自律」は、
今の私を支える大切な土台です。
これから環境や立場が変わっても、
自分の足で立ち、自分を律しながら歩み続けられる人間でありたい。
あのとき監督からいただいた言葉は、
今も静かに、そして確かに私の中で息づいています。
日本財託 資産コンサルティング部 S・H
◆ スタッフプロフィール ◆
東京都多摩市出身
コンサルタントとして、東京中古ワンルーム投資を軸に
お客様の資産形成のお手伝いをしています。
運気をあげるため、神社めぐりをしています。






