両親から受け取った、言葉にならない応援
2026/03/05

家族で那須旅行に行ったS・R
私は、父・母・妹の四人家族で育ちました。
子どもの頃の我が家は、毎日が穏やかで、
家族がそばにいることを「当たり前」だと思っていました。
けれど、大人になった今振り返ると、
その何気ない日常は、決して当たり前ではなく、
両親が懸命に守り、築いてくれた特別な時間だったのだと気づかされます。
父は自営業で、週に一度の休み以外は、朝から夜遅くまで働き、
母はパートをしながら、家事と育児を一手に担ってくれていました。
好奇心旺盛だった私は、
ピアノ、習字、スイミング、バスケットボール、そして中学からは塾と、
月曜日から日曜日まで予定がびっしり埋まるほど、
多くの習い事をしていました。
字を書くのが好きで始めた習字。
みんながやっているからと選んだピアノ。
泳げないのが嫌で通ったスイミング。
友達に誘われて始めたバスケットボール。
どれも私の「やりたい」という気持ちから始まったものです。
それでも両親は、一度も嫌な顔を見せませんでした。
どんなに忙しくても、習い事や学校行事、試合や発表会には、夫婦そろって足を運び、
試合に勝てば私以上に喜び、受験に合格した時には涙を流してくれました。
その姿があったからこそ、私は反抗期らしい反抗期もなく育ったのだと思います。
いつも「味方がいる」という安心感の中で、挑戦することができました。
結婚し、自分が家庭を持つ立場になって、初めて気づいたことがあります。
仕事をしながら毎日食事を用意し、習い事の送り迎えをし、
家族の体調や気持ちに気を配り続けること。
それは決して「普通」ではなく、想像以上に大きな愛情の積み重ねだったのです。
母が毎日手作りしてくれた料理も、
父が疲れた体で足を運んでくれた試合会場も、
すべてが「言葉にならない応援」だったのだと思います。
両親は、多くを語るタイプではありません。
ただ、行動で「いつでも味方」だと伝えてくれました。
お互いを思いやり、自然に家族のために動く姿を、
私は日常の中で見て育ちました。
その環境があったからこそ、
安心して挑戦し、自分を信じて進むことができたのだと思います。
これからは、私がそのバトンを受け取る番です。
子どもができたら、親として家族のために手間を惜しまない家庭を
築いていきたいと思います。
日常の中にある幸せに気づける力を、
今後は私が子どもにも伝えていきたい。
そして、これまで注がれてきた愛情に感謝しながら、
少しずつ、ゆっくりと恩返しをしていきたいと思っています。
日本財託管理サービス 家賃管理部 S・R
◆ スタッフプロフィール ◆
群馬県桐生市出身。
家賃管理部に所属しており、入金業務を行っています。
今年フランス旅行に行きます!初ヨーロッパ楽しみです!






