廊下でつないだ、小さな手
2026/03/12

家族旅行を楽しむO・Kさん
私は、二人の娘の母です。
長女が小学二年生の頃。
朝になると、いつものように登校の支度をしていた手が、ふっと止まる日が増えました。
「......今日は、行きたくない」
ぽつりと、こぼれるような小さな声でした。
けれど、その一言の奥には、たくさんの気持ちが絡み合っていたのだと思います。
コロナで途切れてしまった学校で過ごす時間。大勢の前に立つと、声が出なくなる不安。
そして「どうして学校に行かなければいけないの?」という、子どもなりの切実な問い。
ある朝、学校から電話がありました。
「今日は娘さんが登校されていません」
家を出たはずなのに。
心臓が大きく跳ね、私は会社を飛び出しました。
電車の窓に映る自分の顔さえ、まともに見られません。
その頃の娘は、校門をくぐれても教室のドアが開けられず、
保健室で一日を過ごすことが続いていました。
やがて保健室へ向かう足取りさえ止まり、校舎の玄関で固まる日も増えていきます。
手を引いて一緒に登校しても、保健室の扉の前でぴたりと止まる。
小さな肩が、かすかに震えている。
冷たい廊下の床に二人で座り込み、娘の小さな手を両手で包みました。
言葉をかけず、ただ呼吸が落ち着くのを待つ。
ゆっくりと呼吸が整っていく日もあれば、
時計の秒針だけが、カチ、カチと響き、沈黙だけが流れる日もありました。
それでも、どうしても入れない日は、家に引き返すしかありません。
時短勤務とはいえ、遅刻や欠勤が重なっていきました。
焦りに押され、強い言葉をぶつけてしまう朝もありました。
夜、布団に入ると、決まって後悔が込み上げてきます。
「正しい対応」を知りたくて、本を開き、ネットで検索し続けました。
「お子さん、大丈夫でしたか?」
そんな日々のなかで会社に着くと、同僚の何気ない一言が胸に沁みました。
面談で、上司がそっと「最近、学校どう?」と声をかけてくれる。
気づけば、誰かが私の仕事を静かに支えてくれていました。
そうした1つひとつの優しさに、どれほど救われたか分かりません。
それは、揺れ続ける私を支える、目に見えない柱のような存在でした。
娘にも、ゆっくりと変化があらわれ始めます。
「今日は保健室まで行けた」
「昨日は無理だったけど、今日は教室のドアを開けられた」
小さな「できた」が積み重なっていき、小学四年生になる頃には、
朝の「行きたくない」は、ほとんど聞かなくなっていました。
そして今、娘は中学一年生です。
先日の合唱コンクールでは、4歳から続けてきたピアノの伴奏を任されました。
本番では思うように指が動かず、悔しくてステージ裏で泣いたそうです。
けれど、クラスのみんなが駆け寄り、励ましてくれたと先生から聞きました。
その話を聞いたとき、胸の奥がじんわりと熱くなりました。
あの廊下で震えていた娘が、いま、みんなの前で音を奏でようとしたこと。
そして、不完全な音さえも、仲間たちがやさしく受け止めてくれたこと。
「この子のまわりには、支えてくれる仲間がいる」
そう思えた瞬間でした。
ゆっくりでいい。歩く速さよりも、大切なのは、歩みを止めないこと。
それを、いちばん近くで教えてくれたのは娘でした。
私も娘も、まだまだ成長の途中です。
それでも、家族や学校、そして会社の仲間に支えられながら、
ここまで歩んでこられたことに心から感謝しています。
日本財託管理サービス 管理受託部 事務管理課 O・K
◆ スタッフプロフィール ◆
東京都中野区出身。
管理受託部 事務管理課に所属し、オーナー様の名義変更や管理変更の手続きを担当しています。
2年前から猫を飼い始め、最近は猫グッズを集めるのが楽しみになっています。
うちの猫はプロペラのおもちゃがお気に入りで、
よく咥えて「遊んで」と言わんばかりに持ってきます。






