私を育ててくれた二つの居場所
2026/08/20

ライブで記念撮影をするO・Rさん
「人懐っこくて明るいね。」
初めてお会いする方から、よくそんな言葉をかけていただきます。
何気ない世間話から会話が始まり、言葉を交わすうちに自然と打ち解けられる。
振り返ってみると、この人懐っこさや明るさは、生まれ持った性格というより、
家族や地元の人たちとの関わりの中で育まれたものなのだと思います。
私は一人っ子で、幼い頃は両親と過ごす時間が何よりの楽しみでした。
休日には公園やドライブへ出かけ、長期休暇には旅行へ。
家族と一緒にいることが私にとって何よりの安心でした。
そんな日常が変わったのは、小学四年生のときです。
「お父さんは、一週間後に大阪へ行きます。」
父の単身赴任を知らされ、私はその場で大泣きしました。
「これから家族みんなで過ごす楽しい時間が、なくなってしまう。」
胸の中は寂しさでいっぱいでした。
そんな私を支えてくれたのが、祖父母が八百屋を営んでいた地元の商店街の皆さんです。
商店街といっても、大きなアーケードがあるような場所ではありません。
八百屋や酒屋、花屋など、顔なじみのお店が立ち並ぶ、
歩けばすぐ端まで行けるような小さな商店街です。
学校帰りにそこを歩いていると、お店の人たちが「おかえり」と声をかけてくれました。
家族ではないのに、まるで家族のように温かく迎えてくれる。
その「おかえり」を聞くたびに、
子どもながらにここにも自分の居場所があるのだと感じていました。
中でも忘れられないのが、酒屋のお姉さんとの思い出です。
夏休みになると毎日のように遊んでくれ、自宅にもよく招いてくれました。
その家は、子どもの私にはどこまで続いているのだろうと思うほど広く、
まるでお屋敷のようでした。
その広い家を舞台に、宝探しをして遊んだこともあります。
謎を解くたびに次のヒントが見つかり、最後にたどり着いた場所には、
ごほうびのお菓子が待っていました。
「私を大切に思ってくれる人が、こんなにもいるんだ。」
休日を迎えることが寂しかった私が、
いつしか商店街へ遊びに行く日を楽しみにするようになっていました。
一方、離れて暮らす父の愛情も変わりませんでした。
父は単身赴任中も月に一度帰ってきて、そのたびに「会いたかったよ。」と
気持ちを伝えてくれました。
家には変わらず愛情を注いでくれる家族がいる。
そして商店街には、家族とはまた違う形で私を見守り、迎えてくれる人たちがいる。
私にはいつしか、二つの居場所ができていたのです。
今でも商店街を訪れると、変わらず「久しぶり」と声をかけてくれます。
その声を聞くたび、たくさんの人に見守られていた子どもの頃がよみがえります。
振り返れば、家族と商店街の皆さんからもらった愛情が、
今の私をつくってくれたのだと思います。
だからこそ、私自身が誰かにとって安心できる存在でありたい。
お客様と接するときも、まずは一人の人として向き合い、
何でも自然に話していただける関係を大切にしています。
子どもの頃にもらった温かさを、目の前の人へつないでいきたいと思います。
日本財託管理サービス 管理受託部 O・R
◆ スタッフプロフィール ◆
東京都府中市出身。オーナー様から収益物件の管理移管に関するご相談を受けています。
人生で初めてアイドルの推しができ、毎日が輝いて見えます。
グッズには惜しみなくお金を使っているため、お財布と銀行口座は輝いていません。
推しに会いに行けるように仕事も頑張っていきます。






